N検イベント

一貫教育における時事指導とN検の活用

立命館宇治中学校・高等学校 教諭 杉浦真理先生

 立命館宇治中学校・高等学校の杉浦と申します。最近は、「シチズンシップ教育」と呼ばれていますが、市民を育てるために時事的なことを理解することがどのような意味を持つのかについて、実際の授業やN検の活用事例をご紹介しながらお話したいと思います。

■社会科が社会を変えていこうとする雰囲気

 戦後しばらくの間存在した「時事問題」の授業では、「民主的な政治を有効に実現するための方策を時事問題から学ぶ」「健全な家庭の建設は民主的な社会の発展にどんな意義を持っているかを学ぶ」といった単元が並び、この教科の目標とされていました。

 社会科が社会を変えていこうとする当時の雰囲気を、この文章からも読み取ることができます。「社会は個人の生命財産を守るためにどんな配慮しているのか、また人々はどのように協力しているのかを時事問題を中心に学ぶ」「現在の日本経済の基本的な問題はどうして生じたのか、人々はその解決のためにどういう努力をしているのかを時事問題を通じて学ぶ」といったことを当時は当たり前のようにやっていたわけです。

 教科書がなかったこの授業は各高校の現場に委ねられることになります。意欲ある教員は続けたかったと思いますが、その後学習指導要領からも姿を消しました。

 このように「時事問題」の授業は、教科書を作ることができなかったことが理由で定着しませんでした。日々の出来事から教科書を作るという作業は極めて困難で、それは現在においても変わりません。

 N検の教材は年1回の改訂ではありますが、ここ数年の社会の出来事やキーワードの解説もあります。実はこうした教材こそ、高等学校の教員が待ち望んでいたものだったのです。

■本来初期に持っていた社会科が果たすべき役割が、日本社会の中で失われてしまった

 戦後アメリカから入ってきた社会科、つまり民主主義をこの日本に定着させる意味も含めての社会科のあり方は、次第に系統主義の社会科へと変わりました。つまり教員は教科書を教え、生徒は教科書の太字を覚えて、大学受験でも太字を出題するようになる。こうした構造の中で、本来初期に持っていた社会科が果たすべき役割が、日本社会の中で本当に失われてしまったのだと思います。

 生徒は、私たちが生きている社会の中を学んでいるのであって、教科書の中を学んでいるわけではありませんよね。それらが報道されて判断を求められるわけですから、時事問題を取り上げずに社会科は成立しないと思います。

 N検を導入する前から、授業の中で時事問題をとりあげてきました。最初は3分間スピーチで、世の中で起こっていることを教室に持ち込み、自分なりに考えたことを発言してもらうことから始めました。

 例えば、ここに年金に関する記事があります。国民年金を40年間払うと夫婦がもらえる金額が13万ちょっとです。大都市圏に住む場合、生活保護だとそれよりもらえるケースがあるわけです。そうすると年金は何のためにかけているのか。これは大きな社会の課題で、生徒には考えさせながら新聞のスクラップをさせています。

■パワーポイントを使って、プレゼンテーションを導入

 こうした取り組みを定着させるために、近年はパワーポイントを使って、授業のオープニングに5分程度のプレゼンも導入しています。ある生徒はエコポイントの話題を発表してくれました。制度の狙いを説明していく過程で、この組織が経産省の天下り団体になっていることがわかりました。単にエコポイントについての発表にとどまらず、天下りの問題まで発展させて発表してもらうことになります。

 発表を聞いた他の生徒には、各自が考えたことをメモシートに書かせています。シートはファイリングしてもらい、定期試験などで点検していますが、この一連の作業が、様々なテーマについて一定の見解を述べるためのトレーニングとなります。

 ある生徒は、オバマのグリーンニューディールの問題点や、日本でも同様の政策が実現可能かどうかについて発表しました。また別の女子生徒は、非正規雇用が増えていることに着目し、単に労働者として増えてきたことだけでなく、雇う側と雇われる側の両方に着目して分析してくれました。さらに政府の対策や、「派遣切り」にどう対応したらよいのかの意見も付け加えて発言し、「非正規をなくすのは無理だが、今の規制緩和は行き過ぎで、雇用保険などのセーフティネットの充実が大事だ」と意見をまとめてくれました。

 ただ事例を紹介するだけでなく、それについて自分は何を考えたのか、賛成なのか反対なのか、あるいは別の政策を作れるのか作れないのかといった話を、必ずプレゼンの最後につけ加えるように指導しています。

■身につけた力を客観的に測るために、N検は待ちに待った題材

 時事問題学習というのは社会と自分をつなげることも大切なのですが、社会の一員として社会をどう作っていくか、そういう生徒をいかに育てるのかが社会科本来の課題で、大学に受かることだけが課題ではないですよね。そういった意味でも、様々なテーマについて内容をきちんと読み込んで発表し、かつ自分の意見を述べることができる。さらに将来的には相互討論ができるようになれればと考えています。

 実はこうした取り組みの成果を測るために、定期試験でチェックしようと考えたのですが、どうしても自身の問題意識や関心度が反映されて、設問に自分のバイアスがかかってしまうことが課題でした。

 客観的な基準で、みんながスタンダードだと思えるスケールを探していたところ、N検がスタートしたことを知りました。授業を通じて身につく「社会に発信する能力」を測るスケールとして、N検は待ちに待った題材で、初年度から導入しています。級の取得を目的とはしていませんが、合格したら成績に加点とするなどして、インセンティブを与えています。チャレンジしている生徒は、3~4級は合格できるのですが、2級になると苦戦しているようです。今後は、数人でも2級に合格できるようになればと考えています。

■社会の動きから興味のあるものを教室に持ち込み、それがこだまするような授業を作りたい

 こうした学びを積み重ねていると、生徒は確実にニュースとか新聞に関心を持つようになります。そうすると、授業の冒頭に、「駅前に幸福実現党の街宣車が止まっていたけど、あれは何だろう?」というような生徒の質問から始まることがあります。生徒には、新しい政治の動きを教室に持ち込むこともウエルカムだと言っています。

 時事問題学習をしていれば、日々起こっていることに生徒は関心を持ちますよね。もちろん、教科書に沿って教科書の通り知識を教えることも大切ですが、生徒自身が社会の動きの中から政治だとか経済だとか環境だとか様々なことに興味を持ち、これらを教室に持ち込んで、こだまするような授業を作りたいと思っています。

 今、選挙が行われていますが、夏休みの宿題として、各党のマニュフェストを読み込んできなさいと言っています。8月28日から授業が始まりますので、本校では国民より一歩先に模擬投開票を行います。マニュフェストを読み込む作業から社会を知ることができ、これも時事問題を教室に持ち込むということだと思います。

 また、ハローワークで今の自分の年齢なら、どれだけ条件のよい仕事があるか調べてみたり、裁判の傍聴をして感じたことをまとめてきたりと、アクティブに社会が動いている機関に行って調べてくるようにと、課題を出すこともあります。

■社会と結びついた実践的な学びから、生徒の力を伸ばす

 ディベートも年に数回実施しますが、ここでも調べて読み込む作業が大切です。肯定側も否定側もきちんと調べていないと議論になりません。時事問題学習を取り入れていると、教科書を積極的に自分たちで読む習慣も出てきます。授業が進んでいない項目でも、興味を持つことで、教科書の先のページから調べてきて、わかならいことを質問する生徒もいます。これはいいことだなと思います。

 こちらが作ったメニューをこなして、2~3年で忘れしまう悲しい授業を繰り返してきましたので、自分から社会の何かに関心を持って、「教科書の何ページの何行目がわからないです」という質問に答えていく授業をしたいなと思っています。

 本校の生徒は大学受験がありませんので、自分の進路を見定めるという意味でも卒業論文をかかせています。学部と連動したテーマ選びとなりますので、これまでニュース検定で学んだことやパワーポイントやスクラップは、卒論のネタになるので、高3になるまで捨てるなと言っています。

 時事問題学習を通じて社会を知り、自分のことばで意見を発信したり、議論して論文にまとめていくことができるようになります。こうした作業を通じて、学部や将来の進路にも結び付けて生かすことが出来ると思います。

 最後に、時事問題学習は社会と結びついた実践的な学びができ、生徒の力を伸ばします。そしてニュース検定で資格を取得すると、自分の到達点が検証できるようになりました。一定の力があると認められ、社会で評価されるので、その意味は大きくありがたい検定ができたなと思っています。